ガラパゴスからの船出

時代の潮流から随分外れた島に浮かぶ音楽ブログです。お気に入りの曲(2000年代後半が多め)の感想や好きな部分をひたすら垂れ流します。

Creepy Nuts/だがそれでいい

Creepy Nutsを知ったのは、何かでR-指定のフリースタイルバトルを見たことがきっかけだった。不良やはみ出し者のアングラ文化が強いヒップホップから、まさか弱者のルサンチマンを柱に曲をリリースするユニットが現れるとは思ってもおらず、その屈折した心情を吐露する彼らに興味を持ってしまった。そんな彼らのメジャーデビューシングルタイトルが「高校デビュー、大学デビュー、全部失敗したけどメジャーデビュー。」である。

 

「だがそれでいい」はこのシングルのうちの三曲目であり、いわゆるB面にあてはまるのだろうが、きちんとPVが作られており、メジャーに出ていく彼らの鎮魂歌とも言うべき完成度を誇る楽曲に仕上がっている。

音楽史を漁れば、過去のダメな自分を振り返って声高に歌う曲はいくらでもある。「あの頃は俺もワルさをして人に迷惑をかけた」だとか「泥水すすって耐えていた」だとか、そういった類のものだ。暗い過去を歌い、そこから這い上がって今があるというように、比較を設けることで今の自分を強調し、似た境遇のリスナーに勇気を与えるテクニックである。「だがそれでいい」も同じことをしているにはしているのだが、この角度で自分の黒歴史に向き合う曲が未だかつてあっただろうか。

 

必ずしも男性のみではないので、厳密にはそうではないのだが、特にヒップホップ界ではマッチョイズムが賛美されてきたため、前史にある「ワル自慢」とか「辛い過去」というのは、それそのものにカッコ良さの味付けがある。本人からすれば恥であっても、それは強者の恥なのだから、弱者から見れば恥ではなく、勲章のようにキラキラと光って見えたりする。

 

一方の「だがそれでいい」は、そのマッチョイズムから淘汰されてきたR-指定の過去であるため、弱者の恥だ。したがって誰から見ても純粋な恥であり、これを題材にラップを書こうとする人なんて、まずいない。しかしそれ故に斬新であり、なおかつ「そう思っていたのは自分だけじゃないんだ」とか「こんな恥を口に出していいんだ」といった感情を呼び起こし、弱者に勇気を与えることができる。つまりこの楽曲の最大の魅力は、今までヒップホップ界が疎んじてきた日陰者のペーソスを、カッコ良さの新しい味付けとして確立させた部分なんじゃないかなあと個人的に思っている。

 

もっともPVは広い幅での黒歴史であり、いわゆる「リア充」の黒歴史もあれば、到底人には話せないようなものもあり、様々な世代・階層の共感を呼ぶようなものに仕上がっているのだが。

 

いずれにせよCreepy Nutsがこの曲をメジャーデビュー曲のB面に持ってきたのは、この恥のおかげでメジャーデビューできたのだと考え、そのルサンチマンを成仏させて先へ進んでいこうとしたように思える。だからこそこの曲の歌詞「高校デビュー、大学デビュー、全部失敗したけどメジャーデビュー。」は、「メジャーデビュー指南」を差し置いてシングルの表題になったのだろう。