いつ何で知ったかを覚えていない。でも当時の私にブッ刺さり、今でも聴き続けている曲、それがThe Simple Carnivalの「Misery」だ。
The Simple CarnivalはJeff Bollerというミュージシャンの宅録ソロバンドで、Boller氏一人で全ての演奏をしている。なのでメジャーなスタジオで撮ったハイファイサウンドではなく、ローファイな音作りになっている。しかしそのポップだけれど切ない曲調と世界観と可愛いジャケットは独特な魅力を生み出すのだ。
なんて内向的で、揺蕩とした音楽だろうか!自分の心の中をスプーンでこそげ落とすような、一人ぼっちの音楽なんですよ(ソースは私)。自分の内面とひたすら向き合って、鬱屈した気持ちになりながら、その切なさをスパイスにして楽しむ感じ。
フェイザーをかけたエレピからイントロが始まり、狭い部屋で録ったであろうベースとドラムが語り掛けるように響く。ほんの少しウィスパー風味のBoller氏の声は、抑揚があまりないにも関わらず、ダブリングやらフェイザーやらをたくさんかけており、コーラスも美しく、聴いていて不思議な感覚に包まれる。たまに出てくるギターの音もとても良い。
そしてこの曲の歌詞だが、これがとんでもなく切ない。朝のランニングをしている男女が出会い挨拶をする。彼は「初めてお会いしましたが、仕事で来たんですか?」と話しかける。彼女は「いえ、婚約者のところに来ました」と答える。二人はそれで別れる。
ところが彼女は彼のことが気になったのか、婚約者との食事を断り、一日中指輪を眺め続け、「まだ彼はいるんじゃないか」と、彼に会うために夜遅くまで走り続けた。彼もまた彼女が気になり、少し早めに朝のランニングを始めた。それ故に二人は出会わなかった。そんな話。
切ないどころか、もうやるせないったらない。二人の想いは同じだったのに、ほんの少しのすれ違いで「Misery=悲劇」となったのだ。曲の最後では「あなたがチャンスを台無しにした時、ロマンスも台無しになる。すべてが大きな悲劇だ」と締めくくっている。無慈悲すぎやしないだろうか。
この曲を聴いた時に思い出すのが、アーノルド・ローベルの絵本「ふくろうくん」の「なみだのおちゃ」という話だ。
お茶を淹れるため、ひたすら悲しいことを思い浮かべては涙を流し、それを飲んで「いいもんだ」と幸せに浸る、一人ぼっちのふくろうくん。無慈悲な歌詞も、温かみのある曲で包み込むことで、「なみだのおちゃ」として楽しめるようになるのだ。