ガラパゴスからの船出

時代の潮流から随分外れた島に浮かぶ音楽ブログです。お気に入りの曲の感想や好きな部分をひたすら垂れ流します。

AiM/keep on

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私の家は三人兄妹なのだが、年をとった今も割と仲が良い。新しいゲームを買ったら報告があり、美味しいランチを見つけたら写真が送られてきて自慢をされ、粛々とSwitchのファミリープランの料金を支払う。数年前には三人揃って動物園に行ったほどだ。そんな我らが兄妹が今も口を揃えて名作だと褒め称えるアニメがデジモンアドベンチャーである。

 

我が家はリアルタイムで見ていたわけではなく、夕方の再放送でデジモンを知った。そこから毎日三人揃って見るようになった。02時代も含めて様々なOP・EDが流れたが、その中で私の一番のお気に入りはAiMの「keep on」である。

初期EDのI wishのバブリーな雰囲気を残す曲調も好きだった。しかし徐々に完全体が登場し、ヴァンデモンに子どもたちが慄き、8人目の選ばれし子どもの存在が明かされるぐらいでこの「keep on」に曲が変わった。そしてその未来へ突き進んでいく歌詞と曲調、主人公たちの勢力の頼もしさなどに、私の子ども心はすっかりときめいてしまった。

 

まずイントロがベースで始まるが、TM NETWORKの「パノラマジック」に似ているように感じる。後年わかったことなのだが、作曲者がパノラマジックと同じTM NETWORK木根尚登氏であるのだ。パノラマジックもそうなのだが、イントロでベースソロをやられると、薄暗い車庫でエンジンがかかり、これから何かが始まるワクワク感を私は抱いてしまう。

 

AメロはこれまたTM NETWORKの「1974」である。ボコーダーの入るタイミングなんかは完全に同じだ。「1974」は小室哲哉氏の曲なのだが、この曲はパノラマジックと同じタイミングで発売された同時期(というか、「1974」のB面がパノラマジックなのだが)のものである。彼らが16歳であった1974年を振り返って書いた曲らしいのだが、困難に立ち向かう子どもたちに対する、未来の大人である木根氏からのメッセージとして、1974に似た曲調にしたのではないかと私は勝手に思っている。

 

歌詞もそうだ。「振り向かないで走り続けよう」とか「​擦りむいた痛みに負けられない 」とか力強いエールをいくつか送っている。Aメロの最後で「乾いたノドにうるおいをくれる Your smile」と、茶目っ気のある歌詞が入るのも愛嬌だ。そしてそれらの歌詞が子どもたちの笑顔と、一緒に旅をして成長してきたパートナーデジモンの姿を描いたアニメーションと共に流れるのだからたまらない。

 

Bメロもやっぱり「1974」だ。少し不安定なコード進行で、弱虫な自分への別れを歌っている。この時の背景が私はとても好きで、子どもたちが旅をしてきた場所、出会ったデジモンが走馬灯のように流れてきて、今まで歩んできた道をアルバムのように振り返ることができる。ここまで歩んできたのだから、弱虫な自分でも新しい一歩を踏み出せのだというような演出は、ショーの幕が上がる直前の緊張と自信が入り混じった表情を表しているようだ。

 

そこから入るサビ。デジモンの曲のアニメーションで一番好きな部分を聞かれたら、私は迷わずここを挙げる。「今こそと飛び立つ勇気を持って」という歌詞の通りの子どもたちの勇敢な顔ときたらどうだろう。そしてその後ろには旅を通じて完全体へと成長したパートナーデジモンの頼もしい姿がある。「この仲間たちならどんな困難でも立ち向かっていけるんじゃないかな」と視聴者に思わせるだけのがパワーがそこには存在する。メロディーも小節の始まりがそれぞれド#→レ→ミと一つずつ上がっており、コードも同じように上がっていき、そこまでも行けるような高揚感を漂わせている。歌詞の言葉を後押ししているのが、この飛翔していくメロディーなのだ。いやもうすごいったらない。

 

歌詞を通して見て、やはりこの曲は木根氏によるエールだと思わずにはいられない。というのも、ここで書かれた言葉は、全て大人視点のものなのである。冒険に夢中の子どもの「頑張るぜ!」というスタンスではなく、彼らを信頼して背中を押すような優しさに満ちた言葉なのだ。それはやはり木根氏自らが「16光年の訪問者」として過去にタイムスリップして、声にならない声を届けているのだろう。

 

02を挟んだ後、私はデジモンからすっかり卒業してしまった。ここ数年で初代デジモンの映画もやっていたらしいが、私の食指は動かなかった。ところがそんな中、この曲がリメイクがされていたことを知ったことで、私もすっかり「16光年の訪問者」になってしまった。そして今でもデジモンの話で盛り上がる我らが兄妹も、かつての選ばれし子どもたちだったのだろう。